がん登録の歩み

大阪府がん登録のこれまでの歩みと全国の動き

大阪府がん登録のこれまでの歩みと全国の動き

大阪府がん登録で過去に使用していた票 届出票(1965年頃) 届出票(1990年頃) 届出票(2004年頃) 届出票(2012年頃) 死亡票(1975年頃) 補充届出票(1975年頃) 予後調査票(1975年頃) 予後票(1982年頃)



地域がん登録としての大阪府がん登録

2018年8月28日

大阪国際がんセンターがん対策センター特別研究員
(元大阪府立成人病センター調査部長)
大島 明


大阪府がん登録の発足

大阪府がん登録は、1962年秋に、関 悌四郎先生(当時大阪大学医学部公衆衛生学教授兼大阪府立成人病センター調査部長)と中谷 肇先生(当時大阪府衛生部予防課長、のち大阪府衛生部長、大阪府副知事)と佐谷春隆先生(当時大阪府医師会理事、公衆衛生担当)の合議によって、その実施が決められ、1962年12月からスタートした。大阪府としては、がんの実態把握、対がん活動の企画と評価に役立つ事業であるとの判断があり、大阪府医師会としては、日常の診療活動の中で公衆衛生活動に参加でき、しかも医療の向上に役立つとの判断があってのことだとされている。当時、わが国では、広島市と長崎市でABCC (のち放射線影響研究所)が原爆被爆の影響の調査を主目的としたがん登録が実施されており、また、宮城県ではSegi-DollのWorld standard populationで有名な瀬木三雄先生の指導の下がん罹患率の測定を主目的としたがん登録が実施されていたが、いずれも疫学研究が中心であり、対がん活動の基礎としての地域がん登録事業は、大阪府がん登録が、同年に開始された愛知県がん登録とともに、わが国では初めてのものであった。
大阪府がん登録の届け出は大阪府医師会を通じて行われ、中央登録室(大阪府立成人病センター調査部、のちがん予防情報センター、現在のがん対策センター)で登録、集計解析され、その結果は年報「大阪府におけるがん登録」として報告されてきた(最新号は第81報「2013年のがんの罹患と医療、2017年12月」、2018年度内に第82報「2013,2014年のがん罹患と医療、2010年がん罹患者の生存率」を発行予定)。一方、大阪府医師会では医師会員に向けて「大阪府がん登録の報告」シリーズ(1969年のその1から2016年3月のその49・50まで)を毎年発行し、会員に配布してきた。

照合システムの開発

地域がん登録において最も重要な作業は、重複登録をなくすための照合作業である。地域がん登録では、同一人物に関する情報が、複数の医療機関から届けられうるし、同一の医療機関からも別々の時期に届けられうる。さらにがん死亡情報を別途収集して登録する。このため、同一人物の同一のがんに由来する複数の情報があればこれをまとめないと、がん罹患を重複して計上しまうことになってしまうからである。大阪府がん登録の中央登録室では、藤本伊三郎先生(当時調査課長、のち調査部長)と花井 彩先生(当時調査課員、のち調査部登録係長、主幹)が中心となって、重複登録をなくすため、1次照合(新規届け出票データ間における照合)、2次照合(新規登録ファイルと既登録ファイルとの照合)、3次照合(補完登録のためのがん死亡情報ファイルとの照合)の各々の段階の照合において、生年月日、性、姓の第1漢字の読み仮名、住所A (市区町村)、住所B (通、町、丁、字など)の5項目のデータを使用し、その合致状況を調べて類似リストとして打ち出し同一人物に由来する情報か否かを判断する仕組みが作り上げられた。1969年に大阪府立成人病センター調査部に汎用コンピュータNEAC-2200-100が導入され、1971年に照合システムが完成した。倣うべき先行事例がなく、姓の第1漢字の読み仮名や住所のコードブックの作成から始めて、当時の限られた性能のコンピュータを用いて大量のデータを処理対象とする照合システムを独自に開発して実用化に至るまでには大変なご苦労があったものと拝察するが、当時の登録担当職員は討議を含め楽しみながらこのシステムの完成を達成したと聞く。
なお、この照合システムは、がん登録ファイルと他のファイルとの照合による追跡調査にそのまま応用することができるので、がん検診の精度管理(偽陰性例の把握)やリスク要因の同定(肝炎ウイルスと肝がん、副鼻腔炎と上顎洞がん、大腸ポリープと大腸がんなど)に活用されてきた。

登録精度向上の努力

がん登録の精度は、DCO(死亡情報のみで登録された者の割合)などで測られるが、関係者の長期間にわたる多面的な努力により、2011-2012年登録例でみると、死亡情報で初めて把握された症例DCN(%) は12.9%、死亡票のみの症例DCO(%) は8.3%、 罹患/死亡比IM比は2.26、 組織学的裏付けのある症例HV(%)は78.0%という精度に至っている。

予後調査

がん患者の生存率は、がんの死亡率、がん罹患率と並んで、がん対策の評価の重要な指標である。米国国立がん研究センター(NCI)では、早くから、がん罹患と並んで、がん患者の予後情報の把握に努めていたが、これに学んで、大阪府がん登録でもがん患者の生存率の計測に向けて取り組んできた。先ずはがん死亡情報との照合による生存率計測の試みから開始したが、1975年からは保健所の協力を得て市町村への住民票照会による予後調査を実施した。当初は大阪市の協力が得られなかったが、1993年以降は大阪市も参加するようになった。そして2011年からは大阪府住民基本台帳法施行条例が改正され、住基ネットによる照会が可能となった。この結果、生死不明の割合は、2004年登録患者(診断から10年)で1.5%、2009登録患者(診断から 5年)では1.1%にとどまるようになった。
なお、中央登録室で把握した予後情報は、医療機関からの求めに応じて情報提供してきた。

研究班と協議会

1975年度に厚生労働省がん研究助成金による研究班(主任研究者:藤本 伊三郎先生、事務局:花井 彩先生)が発足し、以降、福間班、藤本班、花井班、大島班、津熊班、井岡班に引き継がれ、大阪府がん登録の関係者が地域がん登録研究班の主任研究者/事務局という重要な役割を果たしてきた。
研究班では、精度の高い地域がん登録の協同研究によって、がんの罹患率、死亡率、生存率の推移を分析してきたが、特に胃がんと子宮がんの罹患率、死亡率が減少する中で、生存率の低い肺がん罹患率の増加は、米国における肺がん罹患率の減少と対照的であり、日本においても厳しいたばこ対策を実施することの重要性を指摘してきた。また、神経芽腫の罹患率がマススクリーニング事業の実施とともに増加したが、死亡率は不変であったことを明らかにし、検診による過剰診断問題の存在を実証的に明らかにした。神経芽腫マススクリーニング事業は2004年度から中止されたが、事業中止後、大阪府そして全国で神経芽腫死亡率が増加しなかったことが確認されている。
一方、① 各府県のがん登録室相互間の交流と研究,研修活動を通じて事業の精度を向上させること,② 各府県の病院の院内対がん活動と共同して,地域がん登録事業の基盤整備を図ること,③ これらにより,各府県のがん対策の推進に寄与すること,④ 将来,国が構築する全国がん登録システムの基幹となることを目的に,1992年12月に地域がん登録全国協議会が設立された(理事長:藤本伊三郎先生、事務局長:日山與彦先生)。この協議会には、地域がん登録を実施する全国の府県市が参加し、毎年総会・研究会が実施され、定期的にニュースレターやモノグラフが発行されてきた。
なお、2006年に地域がん登録協議会の事務局は大阪から東京に移転した。また、2016年6月3日の総会において、地域がん登録全国協議会は、日本がん登録協議会へと名称変更された。

国際共同研究への参加

がん罹患率の国際比較を可能とするために、国際がん研究機関IARC(International Agency for Research on Cancer)と、がん登録の国際組織であるIACR (International Association of Cancer Registries)は、世界のがん登録室からがん罹患率データを収集整理して、CI5 (Cancer Incidence in Five Continents)、IICC(International Incidence of Childhood Cancer)を出版してきたが、大阪府がん登録はCI5の第3巻(1970-1971年罹患データを提出)、IICCの第1巻(1971-1980年罹患データを提出)から参加し、以降、毎回参加してきた。
一方、がん生存率の国際比較としてはCONCORDプログラム(主任研究者:ロンドン大学衛生熱帯医学大学院Michel Coleman教授)があり、これまでに2008年、2015年、2018年に各々CONCORD study 1、2、3 の結果がまとめられて公表されてきた。大阪府がん登録は当初よりこれに参加し、データを提出してきた。

おわりに

以上、大阪府がん登録の1972年からの歩みを簡単に示した。2016年1月1日からがん登録推進法(がん登録等の推進に関する法律、2013年12月13日公布)が施行され、大阪府がん登録は全国がん登録の一環と位置付けられるようになり、制度的環境は大きく変わりつつあるが、大阪府がん登録が今後もがん対策の羅針盤としての機能をさらに発揮して、大阪府そして日本のがん対策の発展に寄与するようになることを期待している。

参考資料