がんは増えている?減っている?①:年齢調整とは?
がんは増えている?減っている?①:年齢調整とは?
こんにちは。
がん統計についての素朴な疑問を解決のコーナーです。
前回はがんの「罹患率(りかんりつ)・死亡率」の見方、についてお話しましたが、今回はそのときに出てきた「年齢調整」という方法について、説明したいと思います。
がんは増えている?減っている?
がんになった人(がん罹患)やがんで死亡する人(がん死亡)が増えているか減っているかを知ることは、がんになる危険(リスク)因子が増えているか、また、がんのリスクを減らすための活動(たばこ対策など)が効果を出しているかを確認するために欠かせません。
単純に、1年間にがんになった人の人数(がん罹患数)とがんで死亡する人(がん死亡数)で見てみますと、がんは増えています。
下のグラフが示すように、大阪府におけるがんの罹患数(上皮内がんは除く)は1975年では年間12,849人でしたが、2005年では35,496人となり、約3倍となっています。その数は2000年以降やや頭打ちです。
下のグラフは大阪府のがんの死亡数の年次推移です。
1975年には年間9,027人でしたが、2009年では24,170人と約2.5倍以上になっていて、年々増加しています。
つまりがんの罹患数・死亡数で見てみますと、がんは「増えている!」といえます。
大阪府の人口で罹患数、死亡数を割った粗罹患率・粗死亡率で見ても、下のようなグラフになり、罹患数・死亡数と同様の傾向になっています。
なぜ、増えているのか?
それでは、なぜ、がんの罹患数・死亡数、粗罹患率・粗死亡率は増加傾向にあるのでしょうか。がんになるリスクが増加しているのでしょうか。
まず、一番大きな理由は高齢化の影響であると考えられています。
下のグラフは、1985年と2009年の日本の人口ピラミッドです。
1985年の人口ピラミッドは40歳前半をピークに、それ以降の年齢では、人数が減っており、高齢者の占める割合が少なくなっています。一方、2009年の人口ピラミッドでは、高齢者の占める割合が多くなっています。このように、わが国の年齢構成は急激に高齢化しているのがわかります。
下のグラフは年齢階級別のがんの罹患率を示しています。高齢になるほど、特に50歳以降は急激にがんになる率が高くなっています。
「高齢」は、がんの危険因子の一つですが、私たちにはどうすることもできません。高齢になればなるほど、がんになりやすくなりますが、年をとることは、がん予防の取り組みで除去できることではありません。
一方、たばこなどのがんのリスク要因については、がん予防の取り組みにより、減少させることができます。このようながんに対する取り組み(がん対策)がうまくいっているかどうか、を評価するためには、「高齢化の影響」を除去した上で、評価する必要があります。
そこで、「高齢化の影響」を除去するための、「年齢調整」という細工が必要になるわけです。
(この後に続く文章は実際に、年齢調整の計算をしてみたい方への項になり、専門的な内容になります。)
年齢調整の計算
年齢調整罹患率、死亡率の計算方法を具体的に見て行きましょう。
年齢調整を行うためには、ある基準の年齢分布を標準人口(モデル人口)として決めます。日本では先ほどの1985年の人口ピラミッドの年齢分布を標準人口(モデル人口)とし、年齢調整罹患率や死亡率を計算するときの基準の年齢分布としています。
時代の変化によって、年齢分布が変わっても、モデル人口の年齢分布と同じ分布にした場合の罹患率、死亡率を計算する方法を年齢調整と呼びます。
年齢調整罹患率は以下の式により求められます。
年齢調整罹患率をこの式で計算する場合、「直接法」による年齢調整といいます。
計算の説明を簡単にするために、年齢区分を40歳未満と40-64歳、65歳以上の3区分とします。人口の年齢分布が以下のように変化している場合を例に実際の日本全国のがん死亡率で年齢調整の計算を見て行きましょう。
まず1985年のがんの死亡率を見てみます。Dは死亡数、Nは人口としますと、死亡率(R)=D÷N×100,000となります。死亡率(や罹患率)は通常、D÷Nだけだと非常に小さい値となってしまい、わかりにくいので、10万をかけて「人口10万人当たりの死亡数」という形で死亡率を示します。1985年の例では、全年齢で人口10万人当たり156.1人の方ががんで死亡しています。これを粗死亡率と言います。年齢区分ごとに死亡率も算出していますが、0-39歳の年齢階級では人口10万対の死亡率は10.5、40-64歳では176.7、65歳以上では924.4と年齢階級が上がるにつれ、死亡率が高くなっています。
2009年の粗死亡率は人口10万対273.5と、1985年の156.1に比べて大きくなっていますが、1985年の年齢分布(上記の水色部分)で年齢調整を行うと、149.9となり、1985年の年齢分布と同じにした場合には死亡率が1985年よりも低くなっていることがわかります。つまり、粗死亡率が2009年で1985年よりも高かったのは高齢者の割合の増加によるものであることが分かります。
上の計算は説明を簡単にするため、年齢区分を3つにしましたが、実際には5歳階級ごとに年齢階級別罹患率や死亡率を算出して、年齢調整率を計算しています。実際の計算は「年齢調整計算シート(エクセルファイル)」をご参照ください。
この方法を使って、年齢調整をした罹患率と死亡率の年次推移を示したグラフです。
こうして年齢調整をしてみると、がんの罹患率、死亡率は減少していることがわかります。
次に、最新の2009年の死亡率を見て行きます。人口10万人あたりの粗死亡率は、273.5と1985年の値156.1と比べて高くなっています。黄色の部分の各年齢区分の割合を見てください。2009年では65歳以上の人口の割合が23%となり、上段の青い部分に示した1985年の65歳以上の人口割合の10.3%を大きく上回っています。1985年の年齢の分布を標準人口として、2009年の年齢調整死亡率を算出し、高齢化の影響を除去した場合の死亡率がどうなっているか見てみましょう。
年齢調整は、上の式に示したように、調整する対象の年齢階級別の死亡率(罹患率)を、基準とする標準人口(ここでは1985年)の年齢階級の割合で重み付けして総和をとります。この例ですと、青い部分で示した1985年の年齢階級の割合(P85/100)を、各年齢階級別死亡率Rにかけて、足したものが年齢調整死亡率になります。こうして算出した2009年の年齢調整死亡率は149.9となります。この値は2009年の人口の年齢構成が1985年の年齢分布と同じだった場合の死亡率を示しており、年齢分布の変化(ここでは高齢化)を除去した上で、1985年の死亡率と2009年の死亡率を比較することができます。年齢調整を行うと、2009年の死亡率は1985年の死亡率よりも低くなっていました。このことより、粗死亡率が2009年で1985年よりも高かったのは高齢者の割合の増加によるものであり、高齢化の影響を除去すれば、死亡率が減少していることが分かります。
上の計算は説明を簡単にするため、年齢区分を3つにしましたが、実際には5歳階級ごとに年齢階級別罹患率や死亡率を算出して、年齢調整率を計算しています。実際の計算は「年齢調整計算シート(エクセルファイル)」をご参照ください。
この年齢調整の方法を使って、年齢調整をした罹患率と死亡率の年次推移を示したグラフです。粗罹患率・死亡率のグラフと見比べてみてください。
こうして年齢調整をして、高齢化の影響を除去した上で見てみると、がんの罹患率、死亡率は近年減少傾向にあることがわかります。
補足:間接法による年齢調整
例えば、市町村ごとの罹患率や死亡率が全国や大阪府と比べて、高いか低いかという判断を行うときにも、年齢分布の違いを考慮する必要があります。しかし、市町村別で年齢調整罹患率や死亡率を計算する場合には人口の規模が小さく、5歳階級の年齢階級別罹患率や死亡率が得られず、上述の直接法では、年齢調整の計算ができないときがあります。そのような場合に、よく使われているのが、間接法による年齢調整の計算です。これは、全国や大阪府などある程度大きな人口規模の集団を標準集団とし、その集団における年齢階級別罹患率を基準とし、比較集団(市町村ごとの集団)における「期待罹患数」を算出し、実際の「実測罹患数」との比をとって、標準集団よりも多いか、少ないかを判断するものです。
つまり、「期待罹患数」はその市町村における年齢分布で、全国(標準集団)と同じようにがんが発生した場合の人数で、「実測罹患数」がこれと全く同じであれば、その市町村のがんの発生状況は全国と同程度であるということになります。
実際の計算は年齢調整計算シート(エクセルファイル)をご参照ください。
間接法で得られた標準化罹患比や標準化死亡比は標準集団と比較して罹患率や死亡率が高いか、低いかを判断するものなので、標準化罹患比や標準化死亡比同士を比較することはできません。
次の回では、年齢調整した罹患率や死亡率を部位別に見て、どのようながんが増えているあるいは減っているのかを見て行きます。