栄養不足でもがん細胞が生き延びる 代謝と糖が連携する仕組み発見、がん治療の新たな視点に
Press Release
2026年2月13日
栄養不足でもがん細胞が生き延びる
代謝と糖が連携する仕組み発見、がん治療の新たな視点に
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- 【本研究のポイント】
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・栄養不足の環境下で、がん細胞が糖の量を測って生き延びる新たな仕組みを発見。
・代謝と糖鎖の連携という新たな視点からがん細胞の適応戦略を理解する手がかり。
・糖鎖の状態を精密に制御することが、将来的ながん治療戦略につながる可能性を示唆。
- 【研究概要】
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名古屋大学糖鎖生命コア研究所の原田 陽一郎 特任教授(兼大阪大学大学院医学系研究科連携大学院分子腫瘍医学)の研究グループは、大阪大学医学研究科連携大学院博士課程Zwei Wang さん、大阪国際がんセンター研究所の谷口 直之 部長、理化学研究所環境資源科学研究センターの堂前 直 ユニットリーダーとの共同研究で、がん細胞が栄養不足に耐えて生き延びる仕組みを新たに発見しました。
がん細胞は、エネルギー源であるブドウ糖(グルコース)が不足する過酷な環境でも、生き延びるために代謝の仕組みを柔軟に切り替える能力を持っています。グルコースが不足すると、細胞内では糖の一種であるマンノースを供給する代謝の働きが低下します。すると、がんの悪性化に重要な役割を果たす「糖鎖注1)」が十分に作られなくなることが分かっていました。しかし、この糖鎖の減少が、がん細胞の運命にどのような影響を与えるのかは、これまで明らかではありませんでした。
本研究では、がん細胞を遺伝学的に操作することで、マンノース代謝を介して糖鎖の量を段階的に変化できる実験系を確立しました。その結果、マンノース代謝の低下に伴う糖鎖の減少は、その程度に応じてがん細胞の生存を手助けしたり、がん細胞のストレス耐性を低下させたりする、スイッチの役割をしていることが示されました。
本研究は、代謝と糖鎖がどのように連携してがん細胞の生存を支えているのかを理解する新たな視点を提供するとともに、マンノース代謝や糖鎖の状態を精密に調節することが、がんの新たな治療戦略につながる可能性を示しています。
本研究成果は、2026年1月28日付 国際学術誌『Journal of Biological Chemistry』に掲載されました。
図1. 本研究の概略図
- 【研究背景と内容】
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がん組織の内部は、血管の発達が不均一であることが多く、細胞にとって重要な栄養である「ブドウ糖(グルコース)」が慢性的に不足する領域が生じます(図1)。こうした過酷な環境に適応できないがん細胞は死に至りますが、うまく適応したがん細胞は生き延び、ときにその過程で遺伝子変異を蓄積し、がんの悪性化を促すことが知られています。そのため、グルコースが乏しい環境でがん細胞の運命がどのように左右されるのかを理解することは、新しいがん治療法の開発にとって重要な課題です。
グルコースは、細胞がエネルギーを生み出すための材料であるだけでなく、タンパク質や脂質に「糖鎖」を付加するための材料としても利用されています。糖鎖修飾がうまく行われないと、タンパク質や脂質は正しく機能できず、細胞全体のバランスが崩れてしまいます。特に「N型糖鎖」と呼ばれる修飾は、細胞内の小胞体で行われ、細胞の恒常性維持に重要な役割を果たしています。
N型糖鎖は、マンノースを含む複数の糖を組み合わせて作られます。これまでの研究から、グルコースが不足すると、マンノースを供給する代謝が弱まるため、N型糖鎖が十分に作られなくなることが分かっていました。しかし、グルコース不足は細胞全体の代謝に広範な影響を及ぼすため、N型糖鎖の減少そのものが、細胞の生存を助けているのか、それとも死に追い込んでいるのかを切り分けて調べることは困難でした。
そこで本研究では、がん細胞を遺伝子操作することで、これまで困難だったマンノース代謝を通常のグルコース代謝から切り離して解析できる実験手法を構築しました。この手法により、グルコースとマンノースの代謝をそれぞれ独立に制御することが可能となり、糖不足の環境下で、どの代謝経路が細胞の運命決定に関わっているのかを明確に調べることができました。
その結果、マンノース代謝を弱めると、N型糖鎖が大きく減少することが分かりました(図2-①)。この状態では、小胞体ストレス応答と呼ばれる細胞の防御反応が活性化し、このストレスががん細胞の生存を促す方向に働くことが明らかになりました。
一方で、マンノース代謝をさらに弱めると、N型糖鎖はほとんど作られなくなりました(図2-②)。この過酷な状況下でも、がん細胞は生き延びていましたが、細胞内のリソソームと呼ばれる掃除役を保護していた糖鎖の層が失われていました。その結果、リソソームがストレスに弱くなり、がん細胞全体としては強いストレスに耐えられなくなることが分かりました。
一方、対照的にグルコース代謝そのものを弱めた場合では、タンパク質合成などの基本的な代謝機能が低下し、がん細胞は生き延びることができませんでした。
図2. 本研究の内容の概略図
- 【成果の意義】
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本研究は、グルコースが不足した環境において、マンノース代謝と糖鎖の状態が、がん細胞の生存やストレス耐性をどのように左右しているのかを明らかにしました。特に、糖鎖の減少が単なる機能低下ではなく、その量に応じて細胞の状態を段階的に変化させる仕組みとして働いていることを示した点は重要な成果です。本研究は、代謝と糖鎖の連携という新たな視点から、がん細胞の適応戦略を理解する手がかりを提供するとともに、糖鎖の状態を精密に制御することが、将来的ながん治療戦略につながる可能性を示しています。
本研究は、2021年度公益財団法人武田科学振興財団『医学系研究継続助成』、2023年度から始まった文部科学省『科研費基盤研究C(JP23K06645)』、2024年度公益財団法人水谷糖質科学財団『研究助成』、2025年度から始まった公益財団法人大幸財団『自然科学研究助成』の支援のもとで行われたものです。
- 【用語説明】
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注1)糖鎖:
糖鎖は我々の体を形作る全ての細胞を覆い、細胞と外界が接する境界で活躍している。核酸、タンパク質に続く第三の生命鎖と呼ばれ、細胞を構成するタンパク質や脂質に結合し、細胞の接着、分化、免疫、感染など多くの生命現象において重要な役割を果たしている。
- 【論文情報】
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雑誌名:Journal of Biological Chemistry
論文タイトル:Mannose metabolic pathway senses glucose supply and regulates cell fate decisions
著者:Ziwei Wang1,2), Yasuhide Miyamoto3), Takehiro Suzuki4), Miki Tanaka-Okamoto1), Yu Mizote5,6), Naoshi Dohmae4), Hideaki Tahara5,7), Naoyuki Taniguchi1), Yoichiro Harada1,2,8)* *は責任著者1) Department of Glyco-Oncology and Medical Biochemistry, Osaka International Cancer Institute, Chuo-ku, Osaka, Japan.
2) Department of Molecular Oncology, Graduate School of Medicine, The University of Osaka, Suita, Osaka, Japan.
3) Clinical Laboratory, Osaka International Cancer Institute, Chuo-ku, Osaka, Japan.
4) Biomolecular Characterization Unit, RIKEN Center for Sustainable Resource Science, Wako, Saitama, Japan.
5) Department of Drug discovery and development, Osaka International Cancer Institute, Chuo-ku, Osaka, Japan.
6) Department of Cancer Immunotherapy, Osaka International Cancer Institute, Chuo-ku, Osaka, Japan.
7) Clinical Research Administration Center, Osaka International Cancer Institute, Chuo-ku, Osaka, Japan.
8) Institute for Glyco-core Research (iGCORE), Nagoya University, Chikusa-ku, Nagoya, Japan.DOI: 10.1016/j.jbc.2026.111213
URL: https://doi.org/10.1016/j.jbc.2026.111213
- 【研究者連絡先】
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名古屋大学糖鎖生命コア研究所 特任教授
兼:大阪国際がんセンター研究所 研究員
原田 陽一郎(はらだ よういちろう)
TEL: 052-558-9729
E-mail: harada.yoichiro.a1@f.mail.nagoya-u.ac.jp
理化学研究所 環境資源科学研究センター 生命分子解析ユニット
ユニットリーダー 堂前 直(どうまえ なおし)
E-mail: dohmae@riken.jp - 【報道連絡先】
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名古屋大学総務部広報課
TEL: 052-558-9735 FAX: 052-788-6272
E-mail: nu_research@t.mail.nagoya-u.ac.jp大阪国際がんセンター 事務局 経営改革グループ
TEL: 06-6945-1181
E-mail: pr@oici.jp理化学研究所 広報部 報道担当
TEL: 050-3495-0247
E-mail: ex-press@ml.riken.jp









