造血に必要な新規遺伝子を発見― 新たな白血病治療につながる可能性 ―
Press Release
2024年6月26日
造血に必要な新規遺伝子を発見
― 新たな白血病治療につながる可能性 ―
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大阪国際がんセンター血液内科の横田貴史主任部長は、中井りつこ特別研究員、大阪大学微生物病研究所の竹田潤二招聘教授らとともに、造血に関わる未解明の遺伝子について論文を発表しました。本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に掲載されます。
【研究成果のポイント】
- ●生涯にわたって造血※1に必要な遺伝子を発見しAhedと命名
- ●従来、哺乳動物の潜性遺伝子異常のスクリーニングは困難であったが、独自に作製した変異胚性幹細胞※2を用いたスクリーニングにより、機能未知の新規遺伝子を同定することに成功
- ●RNAスプライシング※3異常の制御を介した新たな白血病治療への応用に期待
◆研究の概要
大阪国際がんセンター血液内科主任部長の横田貴史は、特別研究員の中井りつこ(研究当時:大阪大学大学院医学系研究科血液・腫瘍内科特任助教)、大阪大学微生物病研究所招聘教授の竹田潤二らとともに、独自に考案した方法で、造血に関わる新規遺伝子を見つけることに成功し、この遺伝子をAttenuated hematopoietic development (Ahed) と命名し、世界で初めて報告しました。
大阪国際がんセンター血液内科主任部長の横田貴史は、特別研究員の中井りつこ(研究当時:大阪大学大学院医学系研究科血液・腫瘍内科特任助教)、大阪大学微生物病研究所招聘教授の竹田潤二らとともに、独自に考案した方法で、造血に関わる新規遺伝子を見つけることに成功し、この遺伝子をAttenuated hematopoietic development (Ahed) と命名し、世界で初めて報告しました。
造血幹細胞※4から赤血球・白血球・血小板などの様々な血液細胞ができるシステムは、多くの遺伝子によって精密かつ複雑に制御されています。また、それらの遺伝子に異常がおこると、白血病をはじめとする血液がんになる事がわかってきました。人の遺伝子に関する情報は、近年の解析技術の進歩により急速に蓄積されつつありますが、未知の遺伝子も数多くあります。造血に関わる遺伝子とその役割を一つ一つ明らかにすることは、基礎科学のみならず、血液がんの原因を究明し新たな治療戦略を構築する上で、極めて重要な課題です。
横田貴史・中井りつこ・竹田潤二らの研究グループは、独自の手法を用いて造血に必須の新規遺伝子Ahedを同定しました。Ahed遺伝子がなくなると造血幹細胞から血液細胞ができなくなりました。Ahed遺伝子から生成されるAhedタンパク質は細胞の核内にいて、多くの遺伝子の発現に影響を及ぼすことが明らかになりました。さらには、このAhed遺伝子の変異は、公開されているデーターベースにおいて血液がん、特に急性白血病で多く見られることがわかりました。これらの研究成果は、造血幹細胞が多様な血液細胞を作る仕組みの一端を明らかにしただけではなく、今後Ahed遺伝子の変異によって白血病が発生するメカニズムの解明やAhed遺伝子の機能制御を介した血液がん治療の開発に発展する可能性を秘めています。
◆研究の背景
哺乳類の骨髄に存在する造血幹細胞は、生涯にわたり自分自身を維持する一方、毎日膨大な数の血液細胞を作って、全身に送り出しています。このメカニズムに関与する多くの遺伝子の役割が明らかにされ、血液がんとの関連性も示されてきました。若い年齢の血液がんには、強力ながん誘導遺伝子が関与していることが多いのに対し、骨髄異形成症候群※5を背景とする高齢者の急性骨髄性白血病では、DNAのメチル化※6やRNAのスプライシングに関わる遺伝子の異常が数多く検出されています。しかしその異常が、実際にどのような機序でがんをおこすのかは、明らかになっていません。また、原因遺伝子が特定できないものがいまだ数多く存在することも看過できない事実です。このことは、造血の制御に関わり、その異常ががん化に関与する、未知の遺伝子が存在することを示唆しています。
◆研究の内容
哺乳動物の細胞の遺伝子は2本ずつあり、片方に変化がおこっても、もう片方でその変化が打ち消されるされるため、これまで潜性遺伝子のスクリーニングは困難でした。この問題を克服するため、相同染色体組換えを抑制するBloom遺伝子の制御を介して、多数の遺伝子を効率良く破壊する方法を開発し、1個の遺伝子が2本とも同時にノックアウトされるマウスホモ変異胚性幹細胞(Embryonic Stem; ES)細胞株200種類からなる独自のライブラリを作製しました。
哺乳動物の細胞の遺伝子は2本ずつあり、片方に変化がおこっても、もう片方でその変化が打ち消されるされるため、これまで潜性遺伝子のスクリーニングは困難でした。この問題を克服するため、相同染色体組換えを抑制するBloom遺伝子の制御を介して、多数の遺伝子を効率良く破壊する方法を開発し、1個の遺伝子が2本とも同時にノックアウトされるマウスホモ変異胚性幹細胞(Embryonic Stem; ES)細胞株200種類からなる独自のライブラリを作製しました。
ここから造血に関わる未知の分子を探索するため、この変異ES細胞株と血液細胞に分化誘導させる間葉系細胞を共培養し、血球分化・成熟に関わる遺伝子をスクリーニングしたところ、ある遺伝子変異株において、血液細胞の産生が著しく障害されていること(図)を見出し、この遺伝子をその特徴からAttenuated hematopoietic development (Ahed)と命名し、世界で初めて報告しました。
Ahed遺伝子は、血液細胞に高発現しており、核内に存在する機能未知の蛋白質をコードしていることを見出しました。この遺伝子をなくしたマウスを作って解析したところ、Ahed遺伝子がなくなった造血幹細胞は胎児・成体いずれにおいても血球産生能力をほぼ持たないことから、Ahed遺伝子は生涯にわたって造血に必須の遺伝子であることがわかりました。横田貴史と中井りつこは、大阪大学免疫学フロンティア研究センター(当時)の安水良明研究員(研究当時)・大阪大学微生物病研究所の奥崎大介教授の協力によって、分子遺伝学的な手法を駆使し解析を進めた結果、この蛋白質が遺伝子転写産物のスプライシングを調節する機構を介して造血発生に重要な役割を果たしている可能性を明らかにしました。さらに、公開されているデーターベースにおいて、Ahed遺伝子の変異がヒトの血液がん、特に急性骨髄性白血病で多く見られることも見出しました。
◆本研究成果が社会に与える影響
独自に作製したマウスの変異ES細胞を用いてAhedが造血に不可欠な新規遺伝子であることを解明しました。本研究成果により、造血幹細胞が骨髄で自己複製し、すべての血液細胞を作る仕組みや、それらの変異により血液細胞ががん化するメカニズムが明らかになることが期待されます。さらにその成果は、Ahedの分子機構を介した新たな血液がん治療の開発につながります。大阪国際がんセンター血液内科は、これからも血液がんの原因究明と治療の向上を目指して取り組んでまいります。
◆論文情報
本研究成果は、2024年6月25日(火)午前10時(英国・ロンドン時間)(日本時間で同日午後6時)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されます。
タイトル:“A newly identified gene Ahed plays essential roles in murine haematopoiesis”
著者名:Ritsuko Nakai1, Takafumi Yokota1,2,*, Masahiro Tokunaga3,4, Mikiro Takaishi5, Tomomasa Yokomizo6, Takao Sudo1,7, Henyun Shi1, Yoshiaki Yasumizu8,9, Daisuke Okuzaki9,10, Chikara Kokubu4,Sachiyo Tanaka4, Katsuyoshi Takaoka11, Ayako Yamanishi4, Junko Yoshida4,12, Hitomi Watanabe13, Gen Kondoh13, Kyoji Horie4,12, Naoki Hosen1,9,14, Shigetoshi Sano5, and Junji Takeda15,* (*責任著者)
所属:
- 1 大阪大学 大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学
- 2 大阪国際がんセンター 血液内科
- 3 市立吹田市民病院 血液内科
- 4 大阪大学 大学院医学系研究科 環境・生体機能学
- 5 高知大学 医学部 皮膚科学
- 6 東京女子医科大学 医学部医学科 解剖学
- 7 国立病院機構 大阪医療センター 血液内科
- 8 大阪大学免疫学フロンティア研究センター 実験免疫学
- 9 大阪大学先導的学際研究機構 生命医科学融合フロンティア研究部門
- 10 大阪大学微生物病研究所 遺伝情報実験センター ゲノム解析室
- 11 大阪大学 大学院 生命機能研究科 発生遺伝学
- 12 奈良県立医科大学 生理学第二講座
- 13 京都大学 医生物学研究所 再生実験動物施設
- 14 大阪大学免疫学フロンティア研究センター 免疫細胞治療学
- 15 大阪大学微生物病研究所
DOI:10.1038/s41467-024-49252-7
【お問い合わせ先】
TEL 06-6945-1181(内線5101/5106)
地方独立行政法人 大阪府立病院機構 大阪国際がんセンター
事務局 総務・広報グループ
受付時間:平日9:00~17:30
【注釈】
※1 造血
色々な血液細胞の元となる細胞(造血幹細胞)が、骨髄の中で赤血球、白血球、および血小板といった成熟した血液細胞へ成長すること
※2 胚性幹細胞
着床前の胚盤胞期胚中に存在し、将来胎児を形成する内部細胞塊から樹立された細胞株で、外胚葉、中胚葉、内胚葉のどの胚葉系にも分化できる多分化能を有している。 また、分化抑制物質の存在下、またはフィーダー細胞との共培養により正常な核型を保持しながら、未分化のままでの増殖・培養が可能な細胞である。
※3 RNAスプライシング
新しく作成された前駆体メッセンジャーRNA転写産物が成熟メッセンジャーRNAに変換される際に、すべてのイントロンを削除し、エクソンをつなぎ合わせる分子生物学的反応のこと。核にコードされた遺伝子の場合、スプライシングは転写中または転写直後に核内で起こる。
※4 造血幹細胞
全ての細胞への分化能力を備えた胚性幹細胞に対し、特定の系統の細胞のみを産生する能力を備えた体性幹細胞の一つで、赤血球・白血球・血小板など、すべての血液細胞の源になる細胞。成熟した血液細胞に成長する性質と、細胞分裂によって自らと同じ細胞を増やして数を維持する性質とを兼ね備えている。
※5 骨髄異形成症候群
造血幹細胞に遺伝子異常が生じて、血液細胞が正常に産生されなくなる疾患で、急性骨髄性白血病に進展することがある。単一の遺伝子異常による疾患ではなく、複数の原因からなる疾患の集合体。
※6 DNAのメチル化
DNA中の塩基シトシンの炭素原子にメチル基修飾が付加される化学反応。真核生物から原核生物、ウイルスに到るまで生物に広く見られ、メチル化されたDNA領域は一般的に転写されにくくなる。DNA配列の変化を伴わずに獲得形質が引き継がれる“エピジェネティクス”に深く関わる分子機構。真核生物において、複雑な生物の体を正確に形づくるために必須の仕組みであり、がんの形成や進行にも関わっていると考えられている。