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造血細胞移植を用いた新たな難病治療の開発―ミトコンドリアの細胞間移送を利用した次世代の治療―

Press Release

2024年9月24日

 

造血細胞移植を用いた新たな難病治療の開発

― ミトコンドリアの細胞間移送を利用した次世代の治療 ―

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大阪国際がんセンター血液内科の横田貴史主任部長は、同センター血液内科の中井りつこ特別研究員・施 亨韻技術員らとともに、難病であるミトコンドリア病に対する新たな治療開発について論文を発表しました。本研究成果は、米国科学誌Nature Metabolismに9月2日(月)19時(日本時間)公開されました。

【研究成果のポイント】

  • ●ミトコンドリア※1の細胞間移送※2を利用した新たな治療「ミトコンドリア移植」を開発
  • ●これまで有効な治療法がなく難病とされていたミトコンドリア病※3リー症候群※4のマウスモデルに「骨髄移植」や「ミトコンドリア移植」を行い、病気の症状緩和と寿命の延長効果を証明
  • ●トコンドリア病をはじめとする難病に対して、次世代の治療への応用に期待

1.概要

大阪国際がんセンター 血液内科の横田貴史主任部長(研究開始当時 大阪大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科 准教授・病院教授)・中井りつこ特別研究員(現在大阪大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科 招へい教員;堺市立総合医療センター 血液内科 副医長)・施 亨韻技術員らの研究チームは、米国のセントルイス・ワシントン大学医学部の

Jonathan R. Brestoff助教との共同研究により、造血細胞移植およびミトコンドリア※1の細胞間移送※2を利用したミトコンドリア移植という新たな治療を開発し、この治療がミトコンドリア病※3の代表的疾患であるリー症候群※4のマウスモデルにおいて、病気の症状を緩和し、寿命を延長させることを世界で初めて明らかにしました。

リー症候群は乳幼児期に発症する遺伝性のミトコンドリア病で、病気の程度も重く、今なお有効な治療法が存在しない難病であることから、現在、世界的に多くの研究が行われています。
今回、横田主任部長らの研究チームは、リー症候群のモデルマウスに骨髄移植を行うと病気のマウスが長生きすること、骨髄移植によってドナー※5細胞由来のミトコンドリアが病気のマウスの全身に移行することを明らかにしました。さらにこの現象に研究のヒントを得て、健康なマウスのミトコンドリアをモデルマウスに移植したところ、病気の症状が緩和し、寿命が延長することを発見しました。また、ルカ・サイエンス株式会社の協力を得て、新しい技術で精製されたヒトのミトコンドリアを投与した場合も同様に病気の症状が緩和し、寿命が延長することを明らかにしました。これらの研究成果は、今後、リー症候群を含む、ヒトのミトコンドリア病患者に対する治療開発に大きく発展する可能性を秘めています。

2.研究の背景

リー(Leigh)症候群とは、ミトコンドリア病の代表的な病気の一つで、ミトコンドリアに必須の遺伝子に異常が起きることで引き起こされ、1万人に1人前後の頻度で発症する稀な病気です。リー症候群は小児期に発症し、発達の遅れや退行(それまでできていたことができなくなること)、筋力低下、呼吸困難、および、けいれんといった重篤な症状が徐々に進行します。生後6ヶ月までに発症した場合は特に重篤な経過を辿ることが多く、発症後数年で死に至ることもある難病です。今もなお有効な治療法が存在せず、ミトコンドリア病に苦しむ患者のために、現在、世界的に多くの研究が行われています。

3.研究の内容

大阪国際がんセンター血液内科 横田主任部長らの研究チームは、血液・免疫学的な観点から致死的なミトコンドリア病に対する有効な治療法を開発できないかと考え、一般社団法人こいのぼりとリー症候群を研究するためのモデルマウスとして確立されているNdufs4ノックアウトマウスを用いて、この難病の研究に取り組みました。

まず始めに、健康な野生型マウスの骨髄をミトコンドリア病マウスに移植したところ、驚くべきことに、ミトコンドリア病マウスの症状が緩和し、寿命が延長する(図上)ことを見出しました。

次に、骨髄移植を受けたミトコンドリア病マウスをくわしく調べたところ、全身のさまざまな細胞にドナーマウスの健康なミトコンドリアが移入していることを発見(図下)したことから、移植された造血細胞からのミトコンドリア移入(細胞間移送)が、ミトコンドリア病マウスの寿命延長に寄与したのではないかという仮説を導きました。

次に、この仮説をもとに、マウス肝臓細胞から単離・精製された健康なミトコンドリアをミトコンドリア病マウスに移植したところ、ミトコンドリア病マウスの神経機能が改善しただけでなく、エネルギー消費を高め、寿命も延長することがわかりました。さらに一般社団法人こいのぼりから発展したスピンオフベンチャー企業であるルカ・サイエンス株式会社が、独自の手法で精製・作製したバイオ製品であるヒトミトコンドリア(MRC-Q)を用いて、異種間のミトコンドリア移植を行ったところ、マウスのミトコンドリア投与と同様にミトコンドリア病マウスの神経症状が改善し、寿命も改善することがわかりました。

当初、横田主任部長の研究グループと米国ワシントン大学のBrestoff助教の研究グループは、それぞれ独自に開発研究を進め、2つの独立した研究室が同様の実験結果を得ていましが、ミトコンドリア製剤の臨床応用を目指すルカ・サイエンス株式会社の研究チームを介して共同研究体制を樹立し、各研究室のデータを統合して共同研究成果として発表することになりました。

4.本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、骨髄移植および単離ミトコンドリアの移植によって、リー症候群のモデルマウスの全身の細胞でミトコンドリア機能が回復し、神経症状を緩和させ、寿命を延ばすことが示されました。このことは、複雑な病態であるミトコンドリア病の次世代の治療の提示だけでなく、ミトコンドリアに関した医学・生物学の研究分野に新たな境地を開いたと考えられます。当センター血液内科は、これからも造血細胞移植治療の発展と難病の克服を目指して取り組んでまいります。

◆特記事項

本研究成果は、2024年9月2日(金)19時(日本時間)に米国科学誌「Nature Metabolism」(オンライン)に掲載されました。 DOI:https://doi.org/10.1038/s42255-024-01125-5

タイトル:“Mitochondria transfer-based therapies reduce the morbidity and mortality of Leigh syndrome”
著者名:Ritsuko Nakai, Stella Varnum, Rachael L. Field, Henyun Shi, Rocky Giwa, Wentong Jia, Samantha J. Krysa, Eva F. Cohen, Nicholas Borcherding, Russell P. Saneto, Rick C. Tsai, Masashi Suganuma, Hisashi Ohta, Takafumi Yokota* and Jonathan R. Brestoff*(*責任著者)

所属:

  • 1 大阪大学 大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学
  • 2 大阪国際がんセンター 血液内科
  • 3 堺市立総合医療センター 血液内科
  • 4 セントルイス・ワシントン大学医学部 病理免疫学
  • 5 シアトル小児病院 統合脳研究センター 神経学
  • 6 ルカ・サイエンス株式会社

用語説

※1 ミトコンドリア
全身の細胞の中にあり、細胞に必要なエネルギーを産生するはたらきを持っている。

※2 ミトコンドリア細胞間移送
ミトコンドリアが離れた細胞間を移動する現象のことで、近年報告された。正常な細胞間だけでなく、ダメージを受けた細胞やがん細胞などでも観察されている。細胞間の移送によって、移送先の細胞の機能を高めたり、細胞間で情報を交換したりしているのではないかと考えられている。

※3 ミトコンドリア病
ミトコンドリアのはたらきが低下することが原因でおこる病気。多くは生まれながらにしてミトコンドリアのはたらきを低下させるような遺伝子の変異を持っている方が発症するが、薬の副作用などで二次的にミトコンドリアのはたらきが低下しておきるミトコンドリア病もある。

※4 リー症候群
子どもの頃に発症するミトコンドリア病の中で代表的な病気。主に母系遺伝や常染色体潜性遺伝によって乳幼児期に発症する。血中乳酸値の高値が特徴的であり、精神運動発達遅滞やけいれんなどの症状を呈し、重症の患者では早期に呼吸不全に至る。

※5 ドナー
臓器や造血幹細胞(血液のもととなる細胞)を患者に提供する人やマウスを指す。

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