世界初 糖鎖の変化から潰瘍性大腸炎の発症予測が可能に!~腸管粘液の変化によって判明~

Press Release

2022年10月31日

 

世界初 糖鎖の変化から潰瘍性大腸炎の発症予測が可能に!

~腸管粘液の変化によって判明~

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 大阪国際がんセンター研究所の谷口直之所長は、スペインバルセロナ市のゲノム規制センター(CRG)、スペイン国立遺伝学研究所(ICREA)、東北医科薬科大学の顧建国教授らとともに、炎症性腸疾患の中で最も患者数の多い潰瘍性大腸炎※1が、大腸の粘液層の糖鎖の変化によって引き起こされるという新しい概念※2を世界で初めて提唱しました。この研究結果は、潰瘍性大腸炎の発症を事前に予測したり、予後を判定したりするために、便のサンプルを分析するルーチンの医療検査の開発に道を開くもので、米国科学アカデミー紀要※3に掲載されました。

 健康な大腸から分泌される粘液はいわば潤滑油の役割をもち腸管で有害な細菌が洗い流されます。ところが、潰瘍性大腸炎患者では、粘着性の強い粘液を分泌して腸管の粘膜を厚くして覆うため、有害な細菌がそこに粘着し長期間留まり、結果として上皮細胞に容易に細菌などが到達し、感染を引き起こし、初期の炎症発作を誘発する可能性があります。

 潰瘍性大腸炎は大腸に慢性の潰瘍や炎症が生じることが特徴です。症状は一生続き、軽度なものから生命を脅かすものまで様々で、治療法は確立されていません。また、がん発症のリスクも高く、我が国では現在指定難病となっています。この病気の特徴である繰り返して起こる炎症は、免疫細胞が大腸の上皮細胞を攻撃してしまう免疫システムの誤作動によるものではないかと考えられてきましたが、そもそもどの免疫系の誤作動が健康な細胞を攻撃するのかについては、依然として謎のままでした。

 米国科学アカデミー紀要に発表された新しい研究は、潰瘍性大腸炎の発症の起点となりうる大腸粘膜の変化とその変化を引き起こすメカニズムを発見しました。特に、患者検体の解析、マウスモデルおよび細胞株から得られた実験データを組み合わせることで、糖鎖を合成する酵素であるα1,6フコース転移酵素(別名FUT8)が病状と関連することがわかりました。FUT8は通常の健康な人ではごく低い値ですが、このFUT8が増加することによって、病状が引き起こされる可能性があることを明らかにしました。

 FUT8はコアフコースという糖鎖をつくり、多くの異なる種類のタンパク質の性質を物理的・生物学的に変化させ調節します。本酵素については1998年に本研究の共同研究者である谷口、顧らのグループが大阪大学医学部生化学講座時代に発見、遺伝子構造を解明し、その後いろいろな病気の状態との関係を明らかにしてきました。2016年には、FUT8を欠損したマウスが潰瘍性大腸炎にかかりにくくなる(orかからなくなる)ことを発表しましたが、その理由は不明でした。一方、バルセロナのグループは2013年にFUT8がムチン※4の分泌に関与していることを発見したことから、潰瘍性大腸炎におけるFUT8の役割をさらに解明するため、若手研究者の大阪国際がんセンターの大川祐樹研究員、東北医科薬科大学福田友彦研究員らを加えて2019年7月に共同研究を開始しました。

 研究チームが注目したムチンは、細胞外に放出されると体積が数百倍に膨れ上がる大型タンパク質で、他の分子と結合して消化管全体を覆い、潤滑油として保護する粘性のある液体である粘液を産生します。ICREAの研究チームのイヴォガット博士から、潰瘍性大腸炎患者24人と健常者16人の大腸組織の生検※5から集めた遺伝子データの提供を受け、研究チームが解析したところ、潰瘍性大腸炎患者では、健常者と比べてFUT8の発現が3.5倍高いことが明らかになりました。また、潰瘍性大腸炎患者の大腸の炎症部位では、数多くのムチンのなかで数種類のムチンの発生量が上昇していることもわかりました。(図1)

 さらに研究チームは、ムチンの分泌に関与しているFUT8を欠損させたマウスでは、FUT8が正常のマウスに比べ、大腸の粘膜層が薄くなっていること、すなわちFUT8は粘膜層を厚くする働きがあることを見出しました。

 研究チームは次に、このような粘膜層の変化がなぜ起こるのかを、大腸の細胞株を用いて分子レベルで調べました。FUT8の発現量の違いによって、細胞から分泌される2種類のムチン(MUC2とMUC5AC※6と呼ばれる)の比率が変化し、粘膜の防御の働きを制御することがわかりました。また、細胞表面に存在し、細菌を捕捉する役割も果たすMUC1の発現も増えることを明らかにしました。

 潰瘍性大腸炎に特徴的な最初の炎症の後に何が起こるのかも不明ですが、バルセロナのグループは、その変化に腸内細菌フローラが役割を担っている可能性があると考えています。粘膜層は、危険な微生物、毒素、消化によって生じる有害な副産物に対する防御の第一線の役割をもっている一方、人間の健康にとって有益で、かつ重要な微生物の豊富な個体群を受け入れています。私たちが観察しているムチンの変化は、腸内細菌フローラに影響を与え、それが免疫反応を引き起こしている可能性が高いのです。この研究の責任著者であり、CRGの細胞・発生生物学プログラムのコーディネーターであるICREAのビベック・マルホトラ教授は、「正常な腸と患者の腸の腸内細菌を評価すれば、この疑問を解決できるはずです」と述べています。

 今回の研究成果は、潰瘍性大腸炎を症状が現れる前に発見したり、予後を判定したりする新しい検査の開発に道を開くものです。「患者さんの便を採取して、大腸の粘液中のコアフコースやムチンのひとつMUC1の量を測定することができます。実現に向けてさらなる研究が必要ですが、比較的簡単な検査で、血液検査と同じように日常的に行えるようになるでしょう」と筆頭著者のカンテロ レカセンス博士は説明しています。彼は11月末から当センター研究所にEMBO(欧州生化学分子生物学機構)のフェローとして滞在し共同研究を継続する予定です。今後FUT8の発生や活性を阻害する薬剤や抗体などの開発を目指して取り組んでまいります。

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【注釈】

※1 原因不明の指定難病の一つ(指定難病97)。故・安倍晋三元首相が患っていたと公表されている。治療に関しては、国からの医療費補助の対象になっている。

※2 コアフコースという糖鎖の発現増加が、粘膜の防御の働きを減少させることで、潰瘍性大腸炎の発症につながるという仮説。

※3 2022年10月25日発行。doi:10.1073/pnas.2205277119.

※4 粘液のネバネバの素になるタンパク質

※5 検査や治療を目的に採取された病気の組織

※6 20種類以上あるムチンの中の一種

 

図1 潰瘍性大腸炎が発症するときのFUT8とムチンの関わり

潰瘍性大腸炎が発症するときのFUT8とムチンの関わり

FUT8が低下している正常な粘膜ではムチンが病原体や細菌の攻撃を防ぐ。一方で、FUT8が上昇すると、ムチン(MUC1,MUC2,MUC5AC)が変化し、粘膜の防御の働きが低下する。その結果、病原体が粘膜細胞の間をすり抜けて、炎症を引き起こし、潰瘍性大腸炎の発症に繋がる。

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