脳腫瘍

1.脳腫瘍とは、特徴

はじめに
脳腫瘍は比較的少ない疾患ですが、幅広い年齢層に発生し、非常に多くの種類の腫瘍が含まれます。これらには、見つかった時点から一生大きくならず治療を要しない疾患から、数日ないし数週で急速に悪化し生命に関わるような疾患まで幅広く含まれます。また、身体の多くの機能を司る脳を侵すため、出現する症状も様々です。
手術だけでなく、放射線治療や薬物療法、あるいは良性腫瘍では経過観察などの選択肢を交えて、治療計画を立てていく必要があります。
また希少な疾患であるがゆえに、病理診断の難しさや、患者さんの在宅療養を支援する社会資源の不足といった社会問題にもつながっています。
このため、脳腫瘍の診療には診断や手術前から、主たる診療科である脳神経外科だけでなく、脳腫瘍に精通した放射線科や病理医、ソーシャルワーカーなどによる総合力が必要とされます。
定義
脳腫瘍とは頭蓋骨より内部にできる腫瘍を指します。大きくは原発性脳腫瘍と転移性脳腫瘍に分けられます。原発性脳腫瘍は脳そのものの細胞由来の腫瘍だけでなく、脳や神経を覆う膜などから発生する腫瘍も含まれます。一方、転移性脳腫瘍は脳以外の臓器にできた「がん」が脳に転移したものを指します。
疫学
原発性脳腫瘍全体で、1年間に10万人あたり約22人程度が罹患していると言われています。全国がん登録の2020年のデータによると日本で原発性悪性脳腫瘍と診断された方は5714人でした。後述するように、全体の頻度としても少ない上に種類も多く、原発性の悪性脳腫瘍は「希少がん」に分類されます。
一方、転移性脳腫瘍患者さんの正確な統計はありませんが、年間10万人が罹患されると推定されています。
全国がん登録でも原発性悪性脳腫瘍は他臓器のがんと比べて、がん検診・健康診断・人間ドックで発見された方の割合が少ないという特徴があります。症状が出た時点で発見され、早急に治療開始が必要な状況で見つかることが多いといえます。
種類
原発性脳腫瘍は単一の病気ではなく、WHO分類により100種類以上が分類されています。その中でも、頻度の多い疾患は髄膜腫、グリオーマ(神経膠腫)、下垂体腫瘍、神経鞘腫、悪性リンパ腫です。WHO分類により、グレード1から4までに分類され、悪性度を示しています。グレード1は良性で、完全に切除することで完治が期待できますが、グレード2以上は悪性腫瘍に分類されます。全身のがんのステージ分類はがんの進行度を示すもので、WHO分類のグレードと異なります。
転移性脳腫瘍はさまざまな臓器のがんに由来します。原発巣としては、肺がん(45.8%)、乳がん(14.4%)、大腸がん(8.9%)、腎がん(4.2%)と続きます(全国脳腫瘍集計2005-2008)。

2.症状

総論
脳腫瘍の症状は主に①局所神経症状、②頭蓋内圧亢進症状、③てんかん、④髄膜刺激症状の4つに分類されます。発生部位や大きさだけでなく、脳腫瘍の種類や大きくなる速度などによって症状の強さも異なります。特に良性腫瘍では大型であっても症状がないこともあります。一方で悪性腫瘍では脳浮腫を伴ったりするため、サイズの割に症状が強いことが少なくありません。また、下垂体や視床下部近傍の腫瘍ではホルモンの異常による症状を起こすことがあります。
局所神経症状
脳腫瘍自体あるいは脳腫瘍関連の脳浮腫による脳や神経へのダメージ・圧迫によって、出現する症状のことを指します。脳は部位によって異なる機能を担っていますので、それぞれの機能に応じた症状が出現します。
局所神経症状の代表としては、運動麻痺、感覚異常、視野障害(見える範囲が狭くなる)、構音障害(呂律が回りにくい)、小脳失調(体のバランスの障害や歩行障害)、失語などの言語症状、複視(ものが二重に見える)、高次脳機能(ものごとの認識や判断など複雑な処理をする機能)などが挙げられます。
頭蓋内圧亢進症状
脳は頭蓋骨の中にあるため、脳腫瘍が大きくなると頭蓋内圧が高くなることがあります。また脳腫瘍の影響で髄液が貯留する水頭症を起こした場合にも頭蓋内圧が高くなります。
頭蓋内圧が高い時に出る頭痛・吐き気・意識障害が頭蓋内圧亢進症状です。
頭痛は短時間でおさまるものではなく持続的であることが特徴で、夜間の睡眠中や朝起きた時に強くなることがあります。
てんかん
てんかんは大脳の神経細胞が異常な興奮を起こして起きる症状です。頭蓋内の様々な疾患に関連して起きることがありますが、脳腫瘍でもみられる症状です。意識がなくなり全身の手足が強直したりガタガタと屈伸を繰り返したりする全身けいれん発作がよく知られています。それ以外に発作様式として、発作中に意識がはっきりしている焦点意識保持(単純部分)発作や、全身がけいれんし意識が障害される焦点意識減損(複雑部分)発作があります。
髄膜刺激症状
髄膜刺激症状は感染性髄膜炎やくも膜下出血などで脳・脊髄の周囲の膜が刺激されて出る症状ですが、髄膜がん腫症(癌性髄膜炎)でも見られます。頭痛や嘔吐、意識障害がありますが、後頚部や背部痛を伴ったり、痛みで頸部が硬直し動かせなくなることもあります。

3.診断、検査

脳腫瘍の診断はまず画像診断を行い、必要に応じ手術による摘出や生検で病変を採取し病理診断をもって確定します。後述するように治療の必要性の乏しい腫瘍では画像診断のみで経過をみていきます。
脳腫瘍では頭部CTや頭部MRIなどの画像診断が行われます。通常のがんの診断に用いられるFDG-PET検査は脳腫瘍の診断にあまり有用ではありません。
また、髄膜腫などの腫瘍では、手術の前に腫瘍の栄養血管の評価が重要で、脳血管造影検査(いわゆるカテーテル検査、入院での実施が必要)を行うこともあります。
下垂体や視床下部近傍の腫瘍では血液検査でホルモン値の測定が必要です。
腫瘍マーカーは全身のがんの病勢の評価には重要ですが、脳腫瘍の診断や治療の効果判定にはあまり有用ではありません。

4.治療

はじめに
脳腫瘍の治療は疾患により大きく異なり、また幅広い年齢層に発生します。
上述のように、脳腫瘍は希少な疾患であるがゆえに、身近なところから得られる情報が少ない病気とも言えます。「脳腫瘍」と診断された時に、どのような疾患なのか踏まえ、主治医とよく話し合って最適な治療方針を決めていくことが大事です。
いわゆるAYA世代を中心に比較的若い方に発生することも多く、仕事や学校生活、結婚や出産など、様々な人生の大事なイベントをどうしていくかということも問題になります。疾患の治療だけでなく、患者さんの職業・生活背景など、患者さんにとって何を優先すべきかもよく考える必要があります。
脳腫瘍の治療は手術、放射線治療、化学療法が3本柱となります。

治療方法

手術
手術の目的には、病理検査による確定診断をつけることと、腫瘍を切除することによる症状や生命予後の改善があります。
悪性リンパ腫など、放射線治療や化学療法が有効な悪性脳腫瘍、あるいは切除による危険性の高い部位にできた腫瘍には、病理検査を目的とした生検術が選択されます。
手術が主な治療法である良性脳腫瘍や、摘出率と予後改善の関係が明確なグリオーマなどの悪性脳腫瘍では、診断と治療を兼ねた手術が行われます。
患者さんの生活に支障が出ないと考えられる範囲で、積極的に腫瘍を切除します(海外では“maximal safe resection”と表現されます)。
放射線治療
腫瘍の種類により放射線治療の照射量や回数、範囲が異なります。
グリオーマなどは腫瘍とその周囲を含めた局所照射が行われます。
悪性リンパ腫では化学療法の効果の維持や増強を目的として脳および眼球を含めた全脳照射が行われます。
転移性脳腫瘍ではいわゆるピンポイント照射と言われる、定位放射線治療が中心です。個数が多い場合に、全脳照射が選択されることもあります。
化学療法
腫瘍の種類に応じ有効とされる抗がん剤治療を行います。

疾患別の治療

原発性脳腫瘍:神経膠腫(グリオーマ)
グリオーマは成人の原発性脳腫瘍の中で最も多い疾患です。病理診断に加え、IDH1/2などの遺伝子変異の有無で分類され、それぞれで経過が異なります。小児に発生する一部のものを除き、WHOグレード2以上の悪性脳腫瘍にあたります。主なものは膠芽腫(グレード4)、星細胞腫(グレード2から4)、乏突起膠腫(グレード2, 3)があります。
グリオーマは脳への浸潤性が強く、手術で全ての腫瘍細胞を切除することは不可能な疾患です。しかし、手術での腫瘍摘出度が高いほど、その後の予後が良いことが明らかになっています。脳の重要な機能をつかさどる場所にできた腫瘍でも、神経モニタリングやナビゲーションシステム、覚醒下手術を駆使した手術技術を用いれば、症状を悪化させることなく摘出できることもあります。一方、生活に支障の大きい症状が出る部位は生検により診断をつけるのみに留めます。
大部分が摘出された無症状のグレード2の腫瘍以外は基本的に手術後、放射線治療および化学療法のいずれか、もしくは両方が行われています。
放射線治療は画像上腫瘍が認められる部位とその周囲の浸潤していると考えられる範囲を対象とした照射をします。
化学療法は、テモゾロミド療法、ベバシズマブ療法の他、乏突起膠腫にはPCV療法変法(PAV療法:プロカルバジン+ニムスチン+ビンクリスチン)が行われます。
原発性脳腫瘍:中枢神経原発悪性リンパ腫
悪性リンパ腫は全身に発生しますが、脳・眼球・脊髄原発のものが中枢神経原発悪性リンパ腫です。
脳腫瘍の中でも症状の進行が早く、治療を急ぐことの多い疾患です。
抗がん剤や放射線治療へ反応しやすいため、手術は摘出よりは診断をつけるための生検術が選択されることが基本です。
従来、メソトレキセート(メトトレキサート)単剤による化学療法の後、放射線治療の全脳照射を行うことが標準とされていました。
近年は、メソトレキセートをベースに複数の抗がん剤を組み合わせた寛解導入療法がまず行われ、その後、再発しないように別の抗がん剤治療や放射線治療による地固め療法が行われます。
原発性脳腫瘍:髄膜腫、神経鞘腫(聴神経腫瘍含む)、下垂体腺腫、頭蓋咽頭腫などの良性腫瘍
良性脳腫瘍の治療は手術が基本になりますが、再発例や手術での全摘出が難しい例、聴神経腫瘍の一部の患者さんでは放射線治療も選択肢になります。
最近は、頭部画像検査で無症状のうちに発見されることが増えています。こうしたものの中には、必ずしも発見時から大きくならず、生涯を通じて症状を起こさないものもあります。経過観察した場合に、患者さんの生活の支障となる症状が将来的に出そうかどうか、腫瘍の自然経過も踏まえて治療方針を立てることが重要です。
一方で、特に症状を既に起こしているものでは、手術でできる限り摘出することを考慮しなければなりません。良性腫瘍の場合でも周囲の脳や神経などの重要な構造物に強く癒着して摘出が困難な場合もあるため、患者さんにとって大事な神経機能を温存すべく、意図的に腫瘍を一部残存させることもあります。
転移性脳腫瘍
転移性脳腫瘍の治療は、化学療法(分子標的薬や免疫療法含む)による全身療法と局所療法に大きく分けられます。
血液脳関門(脳に必要のない血液中の物質を容易に通さない仕組み)の存在により、多くの抗がん剤が転移性脳腫瘍には効果がないとされてきました。しかし近年は脳病変にも効く薬が開発されてきており、がんの種類によっては局所療法との組み合わせで治療が行われることもあります。また、転移性脳腫瘍の診断後・治療後も、脳転移の再発を防ぐために全身療法は重要です。
局所治療には、放射線治療(定位放射線治療や全脳照射)、手術があります。大型の病変や症状が強い病変に対して、開頭手術による脳病変の摘出手術を行います。小型の病変や多発の病変は主に放射線治療が行われます。
脳転移の患者さんの予後は、原発巣の種類や状況により大きく異なります。転移性脳腫瘍は必ずしも原発巣のがんの状況が悪くなくても起きることがあります。脳転移の治療をすることで年単位で良い状態が維持できることも珍しくありません。一方で、全身のがんが進行した状態で見つかった場合でも、脳病変による症状を改善することで生活の質(QOL)の改善が得られる場合があります。

5. リンク

がん情報サービス
国立がん研究センターが運営する公式サイトで、全身のがんについての情報や、患者さんの数などの統計が示されています。
日本脳腫瘍学会
脳腫瘍診療ガイドライン、一般市民講座の案内があります。
また、「脳腫瘍支持療法情報」には患者さん・家族・介護者のサポートなどを目的とした参考資料が掲載されています。患者さんごとに病状などは異なりますので医師や看護師などの説明を聞いた上で、参考資料をご覧になることをお勧めします。
大阪国際がんセンター脳神経外科
大阪国際がんセンター脳神経外科では悪性・良性問わず脳腫瘍の診療を行っています。

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