がん治療の手術現場におけるチーム医療 【第4回】多科合同手術における看護師の役割
大阪国際がんセンターでは、頭頸部外科と形成外科が連携して、患者さんに負担を掛けず、スピーディーで安全な合同手術が実施されています。二つの手術チームが手術室に共存し、がんの切除と切除された組織の再建を同時並行で進める高度な手術において、器械出しなどで医師をサポートする看護師の役割は非常に重要です。連携強化のために当センターにおいてどのような取り組みをしているのかを、頭頸部外科の藤井隆主任部長と看護師の皆さんに語ってもらいました。
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頭頸部外科主任部長
藤井隆さん -
看護師
石田さん -
看護師
村上さん
- 頭頸部外科主任部長
藤井隆さん - 看護師
石田さん - 看護師
村上さん
合同手術で患者の負担を軽減
頭頸部外科と形成外科の合同手術とはどういうものなのでしょう。
藤井氏 多くのがんの手術はがんを切除するのが目的です。がんを切除すればそれで完結する場合がほとんどですが、口の中や鼻、目、のど、気管、食道といった頭頸部では、がんを切除した後、無くなった機能や組織の形を再建する手術も1回の手術でまとめてやってしまうのが合同手術です。頭頸部がんを切除する頭頸部外科チームと、機能や組織を再建する形成外科チームの二つが一つの手術に加わるのです。
二つのことを一度にやると、長時間の手術になりそうですね。
藤井氏 当センターでも以前はそうだったのですが、多くの病院ではまず頭頸部外科チームががんを切除し、その後に形成外科チームと交代して、切除した喉や舌、食べ物の通り道などを作り直すために、手や足の組織を切除します。がんの切除に6時間、組織を作るのに5時間かかると、それだけで11時間になります。途中で器械を入れ替えたりする作業も必要ですので、合わせて12時間ぐらいかかってしまいます。
そこで、当センターでは看護師の協力を得て、頭頸部外科チームががんを切除し始めると同時に、形成外科チームが手や足から再建に使う皮弁という組織を集めます。手術前の検討会で、必要な組織のサイズは予め伝えてありますので、あと血管を切れば再建箇所に持っていけるというところまで準備をしておきます。がんを切除し終わると、形成外科チームが血管を切り離して再建箇所の血管につなぎ始めます。がん切除と並行して行うため、再建までの準備時間や器械の交換作業などの手術時間を確実に短縮できます。
手術シミュレーションでチーム連携を再確認
二つのチームが同時並行で手術を進めるには、看護師との連携も重要ですね。
藤井氏 こうした手術では、経験のある看護師が付けば、スムーズに手術が進むのですが、経験の浅い新人看護師が付くと、作業に時間がかかったり、滞ったりしてしまう場合があります。私は医療安全部門副部門長を務めていますが、日本耳鼻科学会で「成功事案に学ぼう」という講習会があり、それに倣って、当センターでも手術チームを中心に、手術のシミュレーションを行うことにしました。実際の手術の手順でシミュレーションを試みるのですが、がんを切除し終えて再建に取りかかる段になって、器械出しと外回りの二人の看護師さんに対して二つのチームから、あれがいる、これがいると一度に指示が飛んできました。経験を積んでいる看護師であれば、もう少しでがんを切除し終わるから、次にこういう指示が来ると想定して予め準備をしたり、作業の優先順位を付けながら進めるのですが、新人看護師は指示されてから動くので、どうしても後手に回ってしまいます。
手術中、医師はがんの切除に集中しており、外回りの看護師がどのように行動しているのか、あまり目を配れないので、思いついてはその都度、指示を出すのですが、シミュレーションで看護師の動きを見ていると、結構大変だということが改めて分かりました。手術の流れの中で何を優先すれば良いのかを医師が理解しながら、的確に指示を出さないといけないことに気付かされました。
手術の流れはマニュアルで把握しているのでは。
石田氏 頭頸部外科と形成外科の合同手術は、私たち看護師にとって最初の大きな関門なのです。5回のトレーニングを積んで、6回目から独り立ちするというステップを踏みますが、確かにマニュアルには手術の流れは書いてあるものの、「百聞は一見にしかず」で、実践形式で技術や知識を習得しなければ、いざという時に対応できません。
村上氏 マニュアルにはこのぐらいの時間で行ってくださいと書いてあるのですが、実際の体感では非常に短い時間に一気に指示が集中するので、マニュアルに合わせて順番にこなしていこうとすると、実際には間に合わないのです。
どうしてこの手術は看護師の第一関門なのですか。
村上氏 手術室には執刀医が二人おり、患者さんの周りを執刀医や看護師が隙間もなく囲んでいる状態で、執刀医から求められた器械をその手元に持っていくのがまずは関門です。
石田氏 執刀医が患者さんの周りのいろいろなところへ移動するのを邪魔せずに、すぐに器械を出さなくてはいけませんし、がん切除と組織再建では清潔度に違いがあるので、そこにも気を配らなくてはならず、とても難しいです。
村上氏 器械出しや清潔、不潔の話は看護師教育で1年間積み重ねてきたことですが、複合的に絡み合っているので、私たちの教育としては上位のレベルになるのです。この手術をこなせるようになることが、今までやってきたことが生かせているという達成感にもつながります。
今後の課題は。
藤井氏 ロボット技術を使ったダヴィンチ手術で必ず行っている術前検討会は、チーム医療の連携強化につながりそうです。頭頸部のダヴィンチ手術はまだ保険診療として適用されておらず、当センターで実施する時期は未定ですが、複雑な手術が増えてくればダヴィンチ手術以外でも術前検討会が必要になってくるかもしれません。術前に患者さんにも参加していただければ、例えば、そのタイミングで器機を入れ替えるのは難しいなど、実際の作業に即した提案が看護師からも出てくるでしょう。
患者さんの負担軽減 手術室のやりがい
手術室看護師のやりがいは。
石田氏 頭頸部の長時間にわたる手術をうまくこなせるようになって初めて、手術室での仕事にやりがいを感じるようになりました。私は病棟勤務が長かったので、手術室に異動してきた当初は患者さんとの交流も少なく、患者さんのために私は何ができるのかと悩んでいたところ、ある手術において、しっかりと手術の準備をし、先を読みながら医師をサポートして手術が短時間で滞りなく終わったときに初めて、自分たち看護師も手術チームの一員として患者さんのお役に立てたと実感できたのです。
村上氏 手術のサポートが上手くできなかったり、スムーズにいかなかったとき、先輩に「今、あなたがやっていることは必ず患者さんに還元される。私たちが努力することで麻酔の時間が短くなり、患者さんの負担が小さくなる。」と励ましていただいたことがあります。病棟のように患者さんから直接反応が返ってくるわけではありませんが、先を読んで器械を出す時間を短くする訓練を繰り返すなど、そういう地道な積み重ねが手術時間の短縮につながり、患者さんの負担軽減に寄与するのだと思っています。