食道外科

  • 診療内容 / 実績
副院長・食道外科長
宮田 博志
副部長
金村 剛志
医長
菅生 貴仁、松浦 記大

1. 食道癌手術について

食道癌はできる場所にかかわらず早い段階からリンパ節転移をおこします。転移するリンパ節の部位は頚部から腹部まで広範囲にわたります。(図1で赤く示しているリンパ節は転移頻度の高いリンパ節です。)通常、胸部食道癌に対する手術では、胸部食道と腹部食道を切除(亜全摘)し、頸部から胸部・腹部に至るリンパ節を切除します(3領域リンパ節郭清)。食道を切除した後は、胃を細長い状態にし(胃管)、頸部まで引き上げてつなぎ合わせを行います。

(図1)

2. 当院の食道癌手術件数

手術件数は増加傾向にあり、全国でもトップクラスの件数の食道癌手術を行っております。

3. 治療成績

当院で2010年~2015年に食道癌に対し手術を受けられた患者さんで、標準的治療が実施できた方の治療成績(生存率)(図2、表1)です。

(図2)

(表1)

TMN 第7版 術前治療 5年
生存率
cStage0 なし 100%
cStage1 なし 84.3%
cStage2 化学療法(DCF療法) 64.3%
cStage3(T4b他臓器浸潤食道癌除く) 化学療法(DCF療法) 52.8%
cStage3(T4bのみ) 化学放射線療法もしくは化学療法 38.7%
cStage4(M1) 化学療法(DCF療法) 16.2%

4. 早期退院に向けた取り組み

当院では各部署と連携し、患者さんができるだけ早期に退院できる様な術後管理に取り組んでいます。


5. 低侵襲手術への取り組み

1) 胸腔鏡手術
当院では、低侵襲化のため胸腔鏡手術(鏡視下手術)を積極的に行い年々増加傾向にあります(図3)。現在では、胸腔鏡、腹腔鏡補助下での手術を原則第一選択としております。
従来の開胸・開腹手術と比較して創が小さく(図4, 5)、術後の疼痛を軽減させ、早期離床がしやすくなり、褥瘡、深部静脈血栓、呼吸器合併症、せん妄などを予防します。特に呼吸器合併症においては早期離床することで、横隔膜が下がり肺胞でのガス交換が促進され無気肺を予防し、さらに離床により痰が移動することで排出が促され肺炎を予防します。(図6)。

(図3)

(図4)

(図5)

術後の胸部・腹部創

胸部

腹部

(図6)

(図7 胸腔鏡手術時の画像)

2) ロボット支援下手術
当院ではロボット支援下の胸腔鏡手術も行なっております。da Vinci Xi(Intuitive Surgical社)という最新の手術ロボットを用います(図8)。術者が高解像度の3D画像を見ながらロボットを操作し、術者の意図する動きをロボットが正確に再現します(図9)。術者がロボットを操作し、2名の医師がそのサポートをしています(図10)。そして図11〜図13のように、関節を持ったロボットの3本のアームは手振れがなく、自由自在な角度で動くことができるため、精緻な手術を遂行することができます。

(図8)

(図9)

(図10)

(図11)

(図12)

(図13)

6.T4b他臓器浸潤食道癌に対する当院の取り組み

食道は縦隔という胸の中でも狭いところに存在している特徴上、簡単に周囲の臓器に浸潤します。周囲の臓器の中でも、気管や気管支、大動脈などに食道癌が浸潤した場合は、一般的には手術で切除することができないとされ、手術以外の治療(化学放射線療法など)がされています。ただ、T4b他臓器浸潤食道癌に対する化学放射線療法の治療成績は不良であることが知られています。
当院は、以前より放射線治療や化学療法を組み合わせて行い、がんが縮小して手術ができるようになれば、手術を希望される方には積極的に手術をおこなってきました。図14は、放射線治療や化学療法によって、食道癌が縮小し根治切除ができた方の画像です。

(図14)

このように、T4b他臓器浸潤食道癌であっても、放射線治療や化学療法を組み合わせることで手術ができた方の治療成績は、5年生存率39%(2010~2015年治療49例)であり、化学放射線療法のみに比べると良好と考えられます(図15)。

(図15)

さらに新しい取り組みとして、手術まですすめるためのより強力な治療の開発のための臨床試験を実施しています。併用する抗がん剤を2種類から3種類に増やし、5-FU/シスプラチン/ドセタキセル/と放射線50.4Gy(DCF併用化学放射線療法)で治療を開始しています。(図16)

(図16)

7. 周術期の栄養管理とリハビリ

1) サルコペニアについて
サルコペニアとは加齢や疾患によって起こる筋肉量の減少、それに伴う筋力低下・身体機能の低下を指します。近年、食道癌手術においてこのサルコペニアが術後呼吸器合併症の発生や、長期的な予後の悪化に関係することが分かってきました。当院の研究でも当グループではサルコペニアに対処するため、栄養管理、リハビリにおいて様々な取り組みを行っております。
2) 手術前後のリハビリ・栄養介入
食道癌の治療前より管理栄養士、リハビリ療法士が介入し、患者さんの栄養状態、筋肉量・体力等の評価を行うとともに、術前よりリハビリを開始して肺炎等の合併症を予防し、筋力・体力を維持できる様なサポートをしています。
術後は早期からリハビリ・経管栄養を開始し、離床が可能になった患者さんにはリハビリ室でもリハビリを受けていただいております(図17、18)。
退院後の体重減少を防ぐために、必要に応じて経口栄養剤等のサポートを行います。外来診察時に定期的に体重や筋肉量の評価を行うとともに、管理栄養士による栄養指導を行い、患者さんの栄養状態の維持に努めています。

(図17)

(図18)

8. 術後合併症軽減のための当院の取り組み

食道癌手術の注意すべき術後合併症として、肺炎、縫合不全、反回神経麻痺が挙げられます。
当院では肺炎および縫合不全の軽減のために以下のような取り組みを行っています。

1) 肺炎予防のための術前術後シンバイオティクス投与
シンバイオティクスとはプロバイオティクスとプレバイオティクスを組み合わせたものです。シンバイオティクスでは、生きた有用菌であるプロバイオティクス(ビフィズス菌や乳酸菌など)と有用菌の栄養源であるプレバイオティクス(食物繊維やオリゴ糖)を同時に摂取することで腸内環境が改善され、健康に役立つことが期待されています。
我々が行った研究では、食道癌手術の術前・術後にシンバイオティクスを投与した患者さんでは、シンバイオティクスを投与しなかった患者さんに比べて、善玉菌(乳酸桿菌、ビフィズス菌)が有意に増加し(図19)、感染症起因菌(緑膿菌、大腸菌群)が有意に減少することがわかりました(図20)。
そしてシンバイオティクスを投与した患者さんにおいて肺炎などの感染性合併症を減少させることできました。

(図19)

(図20)

この結果をもとに当センターでは食道癌手術を受けられるすべての患者さんに肺炎等の感染性合併症の予防としてシンバイオティクスを投与しています(図18)。

(図21)

2) 縫合不全・吻合部狭窄予防のための食道・胃管吻合(カラード変法)
食道癌手術では、食道亜全摘後の再建術式は頸部での残食道・胃管吻合が標準術式となります。残食道・胃管吻合の方法にはいくつかの方法がありますが、縫合不全や吻合部狭窄がしばしば問題となります。当センターでは縫合不全・吻合部狭窄を予防する目的で、残食道・胃管吻合に自動縫合器(リニアステイプラー)を用いたカラード変法(図22)を導入しています。

(図22)

このカラード変法による吻合術式を導入後、内視鏡による拡張を要する吻合部狭窄は12.8%に減少しました。また2018年~2020年の過去3年間において、カラード変法による残食道・胃管吻合での縫合不全の発症率は1.8%まで減少しています(図23)。

(図23)

9. 新規薬物療法である免疫治療に対する当院の取り組み

食道癌に対する免疫治療は、2020年に進行再発食道癌に対する免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-1抗体阻害薬)の単剤使用として初めて保険適応となりました。その後。2021年末以降には、切除不能進行再発食道癌の1次治療、及び術後補助療法として免疫治療を含む様々な薬物治療が確立されました。

(図24)

従来の食道癌治療の柱であった手術、化学療法、放射線治療の3種類の治療に加えて、免疫治療が加わったことで、現在の食道がん治療は、より専門性の高い集学的治療が求められるようになっています。

(図25)

当科では積極的に免疫治療を導入し、全国トップクラスの診療実績を有しており、治療成績を学会や論文投稿掲載することで世界へ情報発信し続けております。

1) StageⅣ、再発食道癌に対する免疫治療
当科では、StageⅣ、再発食道癌に対して積極的に免疫治療を実施しています。2021-2023年に当科で治療された患者さんの生存期間中央値は14.3ヶ月でした。多施設で実施された臨床試験(KEYNOTE-590)での成績(12.3ヶ月)と比較しても良好な治療成績を示しています。

(図26)

当院では、遠隔転移を有するStageⅣ食道癌に対しても、免疫治療を含む集学的治療により、遠隔転移が消失し、食道癌が縮小して手術ができるようになれば、手術を希望される方には積極的に手術をおこなっています。図XXは、免疫治療によって遠隔転移である肝転移と肺転移が消失したため根治切除ができた方の画像です。

(図27)

2) 食道癌術後の再発予防に対する免疫治療
2021年末以降、術前治療と手術を受けた場合に手術後に免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ)の1年間投与が保険適応で投与可能となりました。現在、臨床試験(JCOG2206)が実施されており、当科も臨床試験に参加しております。当科では、術後の病状に応じて術後ニボルマブ補助療法について担当医から説明させていただき、投与を希望される方には積極的に実施しております。
当科での短期治療成績(2021-2022年)では、術後の病理検査にてリンパ節転移を認める食道癌に対して、術後ニボルマブ補助療法を行うことで術後再発が抑制できる可能性が示唆されました。

(図28)

10. 食道癌治療成績を世界へ発信

食道外科チームは当センターでの食道癌に対する治療成績、研究結果を英文論文にまとめ、世界のトップジャーナルに投稿・掲載することで世界へ情報発信し続けています。

2024年
・Short-term Outcomes of Adjuvant Nivolumab After Neoadjuvant Chemotherapy in Patients With Resected Esophageal Squamous Cell Carcinoma. Anticancer Res. 2024 Jan;44(1):185-193
「食道癌術後補助ニボルマブ療法の短期成績の報告」
2023年
・Significance of dissection in each regional lymph-node station of esophageal cancer based on efficacy index and recurrence patterns after curative esophagectomy. Esophagus. 2023; 20(3):402-409
「食道癌根治切除術 領域リンパ節の再発パターンについての報告」
・Modified Collard technique is more effective than circular stapled for cervical esophagogastric anastomosis in prevention of anastomotic stricture: a propensity score-matched study. Diseases of the Esophagus. 2023; 36(5): 1-10.
「食道胃管吻合におけるカラード法の有用性についての報告」
・Clinical Impact of Enhanced Recovery After Esophagectomy in Patients With Esophageal Cancer. Anticancer Res. 2023 Sep;43(9):4197-4205.
「食道癌術後早期退院を目指したERASプログラムが術後早期の体組成に与える影響についての報告」
・Clinicopathological characteristics and survival outcomes in patients with advanced esophageal squamous cell carcinoma who were intraoperatively diagnosed non-curative. Oncology. 2023 Epub ahead of print.
「根治切除不能と術中診断された食道扁平上皮癌症例の特徴と長期予後の検討」
・Clinical Impact of Early Tumour Shrinkage in Metastatic or Unresectable Oesophageal Cancer Treated with Pembrolizumab plus Chemotherapy. Oncology. 2023 Epub ahead of print.
「切除不能食道癌に対し化学療法/ペムブロリズマブ併用療法を施行した症例における早期腫瘍縮小についての研究」
・Significance of comprehensive analysis of preoperative sarcopenia based on muscle mass, muscle strength, and physical function on the prognosis of patients with esophageal cancer. Ann Surg Oncol. 2024 Feb;31(2):818-826
「食道癌患者の筋肉量、筋力、身体機能で評価した術前サルコペニアの重要性についての報告」
2022年
・Long-term changes in bone mineral density in postoperative patients with esophageal cancer. Ann Gastroenterol Surg. 2022; 7(3):419-429
「食道癌術後患者の長期的な骨密度変化についての報告」
・Impact of preoperative skeletal muscle mass and physical performance on short-term and long-term postoperative outcomes in patients with esophageal cancer after esophagectomy. Ann Gastroenterol Surg 2022;6(5):623-632..
「食道癌術前筋肉量と身体機能が術後短期的、長期的予後に与える影響」
・Recurrence Pattern Comparing Preoperative Chemoradiotherapy and Preoperative Chemotherapy with Docetaxel plus 5-Fluorouracil and Cisplatin for Advanced Esophageal Cancer. Oncology. 2022;100(12):655-665.
「食道癌に対する術前化学放射線療法と化学療法(DCF)後の再発パターンの比較」
・Risk factors and long-term postoperative outcomes in patients with postoperative dysphagia after esophagectomy for esophageal cancer. Ann Gastroenterol Surg. 2022;6(5):633-642.
「食道癌術後嚥下障害を伴う患者の長期成績についての報告」
・Salvage Surgery for Recurrent Disease after Definitive Chemoradiotherapy for Esophageal Squamous Cell Carcinoma. Ann Surg Oncol. 2022;29(9):5657-5665
「食道癌根治的化学放射線療法後再発に対するサルベージ手術の成績」
2021年
・Multicenter randomized phase 2 trial comparing CRT and DCF chemotherapy as initial induction therapy for subsequent conversion surgery in patients with clinical T4b esophageal cancer: short-term results. Ann Surg. 2021;274(6): e465-e472 「他臓器浸潤を伴う食道癌に対する初期治療: 化学放射線療法と化学療法(DCF)の短期成績比較」
・Clinical outcome of additional esophagectomy after endoscopic treatment for superficial esophageal cancer. Ann Surg Oncol. 2021;28(12):7230-7239. 「食道表在癌に対する内視鏡的治療後の外科的追加切除の成績」
・Prognostic implication of postoperative weight loss after esophagectomy for esophageal squamous cell cancer. Ann Surg Oncol. 2021;28(1):184-193 「食道癌術後の体重減少が予後に与える影響」
・Clinical effect of enteral nutrition support during neoadjuvant chemotherapy on preservation of skeletal muscle in patients with esophageal cancer. Clin Nutr. 2021;40(6):4380-4385. 「食道癌術前化学療法中の経腸栄養が骨格筋量の維持に与える影響」
・Predictive value of preoperative echocardiographic assessment for postoperative atrial fibrillation after esophagectomy for esophageal cancer. Esophagus. 2021;18(3):496-503. 「食道癌術前心エコー評価による術後不整脈発生の予測」
2020年
・Long-term results of a randomized controlled trial comparing neoadjuvant ACF vs DCF followed by surgery for esophageal cancer (OGSG1003). Ann Gastroenterol Surg. 2020; 5(1): 75-82.
「食道癌に対する術前補助化学療法 ACF vs DCF の長期成績比較」
・Lymph node metastasis and recurrences from esophageal squamous cell carcinoma in patients with previous gastrectomy. Ann Surg Oncol. 2020; 27(13): 5312-5319.
「胃切除後の食道扁平上皮癌における腹部リンパ節再発・転移について」
・Randomized Comparison of Gastric Tube Reconstruction With and Without Duodenal Diversion Plus Roux-en-Y Anastomosis After Esophagectomy. Ann Surg. 2020; 272(1): 48-54.
「胃管ルーワイ再建術におけるランダム化比較試験」
・Impact of preoperative fecal short chain fatty acids on postoperative infectious complications in esophageal cancer patients. BMC Gastroenterol. 2020; 20(1): 74.
「食道癌術後の感染性合併症における術前の便中短鎖脂肪酸の影響について」
・Prognostic Impact of Postoperative Complications following Salvage Esophagectomy for Esophageal Cancer after Definitive Chemoradiotherapy. Oncology. 2020; 98(5): 280-288.
「根治的放射線化学療法後の食道癌に対するサルベージ手術後の合併症と予後との関係」
2019年
・Clinical impact of the location of lymph node metastases after neoadjuvant chemotherapy for middle and lower thoracic esophageal cancer. Ann Surg Oncol. 2019; 26(1): 200-208.
「胸部中下部食道癌に対する術前補助化学療法後のリンパ節転移部位の臨床的意義」
・Clinical feature of metastasis in superficial squamous cell carcinoma of the thoracic esophagus. Surgery. 2019; 166(6): 1033-1040.
「表在食道癌におけるリンパ節転移の頻度と予後」
・Clinical implications of conversion surgery after induction therapy for T4b thoracic esophageal squamous cell carcinoma. Ann Surg Oncol. 2019; 26(13): 4737-4743.
「cT4食道癌に対する導入療法後のコンバージョン手術の臨床的意義」
・Indocyanine green fluorescence imaging of the tracheal blood flow during esophagectomy. J Surg Res. 2019; 241: 1-7.
「ICG蛍光イメージを用いた気管血流の評価」
・Prognostic factors for esophageal squamous cell carcinoma treated with neoadjuvant docetaxel/cisplatin/5-fluorouracil (DCF) followed by surgery. Oncology. 2019;97(6):348-355.
「術前ドセタキセル+シスプラチン+5FU療法後の手術施行症例の予後因子につての検討」
・Prognostic Significance of Sarcopenia and Systemic Inflammatory Response in Patients With Esophageal Cancer. Anticancer Res. 2019; 39(1): 449-458.
「食道癌患者におけるサルコペニア、全身性炎症反応と予後について」
・Prophylactic Effect of Premedication with Intravenous Magnesium on Renal Dysfunction in Preoperative Cisplatin-Based Chemotherapy for Esophageal Cancer. Oncology. 2019; 97(6): 319-326.
「シスプラチンを用いた術前化学療法の腎機能障害に対するマグネシウム投与による予防効果」

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